チュンの日記

試行錯誤ばかりしているチュンの日常を書かせてもらいます。

プルーム登場・・・

↑花が咲きました・・・。


◎ナンバーズ&ロト反省会2018-03-22
 前回、
当面はデータを集めて、その分析方法を考えてみることにしましょう
 と書きましたが、そのプログラムを現在、作成中。今回は、それを進めてみましょう。
1,回前,5
3,回前,4
9,回前,4
2,回前,4
12,回前,4
 回前は複数ありますので、どうしても多くなってしまいますね。
 次が、列、その次が、個数ですので、これは、
回前-列-個数
 などの組み合わせで考えるべきかもしれません。
 まあ、順次、考えましょう。
 それと、
五行
 の「物語」への応用も考えることにしましょう。

●フェイスブック
・昭和40年(1965年)
 です。

 この年、チュンは無事、
・名古屋私立野立小学校



 に入学しました。前にも書きましたが、当時、チュンは、
名古屋市熱田区幡野町
 に住んでいて、そこは玄関を入るとすぐに、大家の怖いおじいさんがいて、その奥、棟続きで、チュン一家の住んでいた部屋があり、それとは別に2階があったのですが、2階は2階で、また別の人が借りてました。
 ある時期、その2階に、チュンと同じくらいの年頃の女の子一家が引っ越してきて、その子の部屋に遊びに行ったことがあるのですが、これはチュンの記憶違いなのかもしれませんが、その2階の部屋の窓から外を見たら、市場のような商店街が窓のすぐ下から先へと続いているのを見たような気がするのです。
 その後、すぐにその女の子は引っ越して、別の知らないオジサンが入って来たのですが、よくよく考えてみると、チュンの家の周りには、商店街なんでないんですよね。あれは何だったのか、確かめたかったのですが、そこにはオジサンがいるので、結局、二度と行くことはありませんでした。
 この家のすぐ隣りには、壁から猫の声が聞こえる、変な空きスペースがあったり、チュンの家は路地の行きどまりで、行きどまりには、変な祭壇のようなものがあったり、子供の頃のチュンには、家の周りがワンダーランドだった気がします。
 世界を見渡すとベトナム戦争が本格した、昭和40年(1965年)でした。

 以上、「フェイスブック」に掲載しました。

●埴谷雄高著「生命・宇宙・人類」(角川春樹事務所)
・「死霊」との対話」
1←やっぱ、チュンには理解できない世界ですが、…軽はずみなチュンは、とうとう、やらかしてしまいます。

 車の後部座席でゆったりドアに寄りかかって、外の景色を見ていたイスアの目にマントルの姿が映った。イスアが起き上がって手を振ろうとすると、マントルのすぐ後ろに着流しの和服に、手にステッキを持った老人がついて来る。
 マントルはイスアに駆け寄ると、
「こちらは僕の・・・じゃなくて、ギュンター社長のお知り合いのプルームさん。今から会社までお連れすることになって・・・」
 と言った。その名にアスアは一瞬首をかしげたが、
「マントルの妻のイスアです」
 と言って、後部座席のドアを開け、プルームを中に座らせた。

 とこんな感じで、あくまでイメージだけですが、埴谷雄高風の人物・プルームが出て来ました。